Philosophyわたしたちの考え方

はし藤本店が考える箸についてお話しします

はし藤本店が考える、箸について

杉の箸への想い

積み上げられた新潟県の越後杉の丸太

はし藤本店では、杉はもちろん、桧(ひのき)やヒバといった針葉樹から、桜や梅などの広葉樹、そして漆塗りと、数多くの種類の箸を取り扱っています。
特に日本の森から採れた材と日本の職人さんが作った箸には、彼らの技と想いが込められていますし、わたしたちにもそこには強いこだわりがあります。

しかし、その中でもわたしたちの中心は杉の箸だと思っています。

それはなぜか?

はし藤本店は、1910年に奈良県吉野地方から東京の花街、吉原へ吉野杉の箸を売りに出て来たのがはじまりです。

だから、杉。

ということも理由の1つとしてはもちろんあります。
ですがはし藤本店が杉にこだわる理由はそれだけではありません。

杉は箸にするには軟らかすぎるのではないか?
すぐに汚れてしまうのではないか?
あなたはそう思っていらっしゃいませんか?
木工職人さんの中にもそう考える人はいらっしゃいます。
なのに、ずっと昔から杉が箸の材として人々に選ばれてきました。

それはなぜなのか?

1つ目は、杉と日本人の古い付き合いがあります。

杉は日本の固有種で、縄文時代から日本人の生活を支えてきました。
約6000年前の縄文前期の遺跡から杉をくり抜いた丸木舟や板などに加工されたものも出土しています。
弥生時代の遺跡からは杉の食器も出土しています。

個人的には、この時代から杉の箸を使っていた人もいるのではないかと思っています。

実際にはそのはじまりは明確でないものの、遅くとも700年代には杉の箸が使われていたとされ、室町時代には文献にも登場します。
そしてそれ以降杉は日本人の箸の中心的存在になっていきます。

江戸時代に発刊された井原西鶴の浮世草子『好色一代男の』続編『好色二代男』 (1684年)には、「杉箸を洗ふて干して置かせしは」という一文があり、この時代に庶民が杉の箸を毎日洗って使っていたことがうかがえます。

あまりに身近な木である杉を余すところなく使おうと考えるのはごく自然なことで、毎日の食事に使う箸にも杉が選ばれてきたのです。

美しく手入れをされた京都の北山杉

2つ目は、材としての使いやすさです。

杉は真っすぐに30mくらいの高さまで伸びる木です。
丸太の木口は赤身や心材と呼ばれる中心付近が赤く、香りが強く抗菌作用も強く働き、白太(しらた)や辺材と呼ばれる外側の材は柔軟で水分を多く吸い、調湿効果があります。

建材としてこれらの性質を上手く利用して古くから様々な部材として用いられてきました。

箸においても同様で、たとえば茶懐石では料理とともに杉の香りも楽しむ ために、杉の赤身だけで作られた箸を少し湿らせて、その香りを立たせたりします。

白太の箸はその調湿性能の高さから、洗ったあとに横に寝かせておけばすぐに乾いてくれる(※箸立て等に立てて乾かすと黒くなる原因になります)ので扱いがとてもラクです。
白いと汚れがすぐに付着すると思われがちですが、意外なほど大丈夫です。

もちろん、洗わないで何時間も放置したり、水に浸けっぱなしにするのは厳禁ですが、食事後すぐに洗ってしまえば、カレーうどんだっていけます。

仮に色が付着してしまったり、箸先を噛んでしまって欠けてしまっても、100均で売っている紙やすりで少しこすれば直ってしまいます。

おそらく昔の人もカンナで削ったりやすりをかけたりして長く使っていたのだと思います。

堅い木では、素人が直そうとしても結構大変です。

この手入れのしやすさも箸の材料として選ばれてきた一因だと思います。

このように、身近過ぎて身近であることにも気づかれず、花粉や植林がネガティブに誤解されがちだけど、日本においては日本人よりもずっと大先輩であり、いつの時代も日本人とともにある杉たちの素晴らしさをわたしたちは知っているからこそ、みなさまに手に取っていただきたいのです。

職人を支えるカンナたち

良い箸とはなにか?

「どれが良い箸ですか?」
多く受ける質問の一つです。

しかし、残念ながら箸そのものには良いも悪いもありません。

強いて言えば、
①自分の手に合っている箸
②食べるものに合っている箸
が「良い箸」の基準です。

まず ①自分の手に合っている箸 ですが、持ってみてしっくりくることが第一です。太さや長さ、四角や多角形なのどの形状、軽さ(重さ)、肌触りなど「なんか持ちやすい」「なんか持ちにくい」という感覚が最も大切です。

一咫半(ひとあたはん)という、親指と人差し指を直角にしたときの指先の間の長さを一咫とし、その1.5倍が丁度良い長さです、とか、手首の付け根に定規を当てて、中指の先から3~4cm出るくらいの長さが丁度良い長さです、という基準もあります。

もちろん、それらをもとに選んでいただいても結構です。
ですが、指の長さも太さも手の厚みも人それぞれで、当然それらの基準よりも短いほうが持ちやすい方もいらっしゃいますし、逆に長いほうが持ちやすいという方もいらっしゃいます。
やはり実際に持ってみたときの感覚が一番です。

ためしに、1膳の中で1本ずつ異なった材質や形状のもの、1本が大きく曲がっているものなどを持ってみてください(曲がった箸を売っている店はあまりありませんが)。

木の曲がりに逆らわずに削った箸(非売品)

たとえば、親指の付け根に当たるほうを太い持ち手の箸で、親指・人差し指・中指ではさむほうを細い持ち手の箸に。
それが意外と違和感なく、むしろそれがしっくりくることだってあります。

そして、次に持ってみて、動かしてみたときに箸先がぴったり合うこと。
箸によっては、特に手が小さいお子様や女性、持ち方のクセがある方は箸先が合わずにその数ミリ上が当たってしまったりします。

もちろんそれでも食事は出来るのですが、せっかくなら箸先で小さなゴマなどもつまめるほうが良くないですか?
是非ぴったりと箸先が合うものを選んでください。
必ずぴったり合う箸があるはずです。

もし、実際に店まで足を運んで手に取って選ぶことが難しく、ネットで選ぶという場合や、贈り物を選ぶ場合は、2本が並んだ時に持ち手部分から箸先までが真っすぐにくっついている箸か箸先の開きが狭いものを選んでみてください。

手が小さくても、持ち方のクセがあってもわりとぴったりと箸先が合ってくれます。

手の大きさや持ち方のクセによっては箸先がぴったり合わないことも

それともう1つ、「なんか素敵」「なんかかわいい」「なんかかっこいい」、この感覚も非常に重要です。

わたしたちは箸は単に食べるための道具ではなく、毎日の食事を楽しく演出するものであり、使う人を演出するものであると考えています。

それは、持つ人の手元を優美に見せてくれるような、持ち手から箸先までスッと細く作られているようなデザイン性でも、何千年も地中に埋まっていて、それが偶然掘り返されて出てきた(神代木)みたいな木のストーリー性でも、職人さんが木を選んで、それを1膳ずつカンナで削ったり漆を塗ったりというような人と木のストーリー性でも良いです。

持ち手から箸先までまっすぐに削られた、京・嵯峨 四角摺り漆 白竹 の箸

食事は楽しいものであってほしいとわたしたちは願っています。
自分の手に、心に、しっくりくる箸を選んでください。

次に、 ②食べるものに合っている箸ですが、これを意識してしている方はあまりいらっしゃらないかもしれません。

「杉が良い」と思って杉を買ってみたけど、箸先が太くて焼き魚や煮魚をほぐして食べづらい。「箸先が細くて上品」だと思って箸先が細い漆塗りを買ってみたけど、うどんが滑って食べづらい。

これらは食べるものに箸が合っていないからです。

焼き魚や煮魚をキレイに食べたいなら細かい作業がしやすい、箸先が細めなものを選んだほうが食べやすいですし、うどんや鍋物など重くて滑りやすいものを食べたいなら、箸先が太くて何も塗っていないものを選んだほうが食べやすいです。

その食べ物に合っている箸を選ぶことで、ストレスなくどんなものでも食べることができますし、変な力が入って箸が折れてしまうなどのリスクも減らすことができます。

ごはんはこの箸、みそ汁はこの箸、漬物はこの箸・・・、とまで分ける必要はありませんので、2・3種類くらい使い分けるイメージで選んでみてください。

食事の楽しさに「箸を選ぶ楽しさ」もきっと加わるはずです。

かつて弁甲材(べんこうざい:木造船の材料)としても活用された
宮崎県の飫肥杉(おびすぎ)の箸

もちろん、杉だけが「良い箸」ではないですし、桧(ひのき)だって、桜だって梅だってそれぞれに長所がありますし、漆塗りの箸の箸には光沢や堅牢さ、沈金や蒔絵といった加飾、漆の独特なしっとりとした肌触りなど、杉には無い漆塗りの長所があります。

実際に手に取って自分の感性で選んだ箸こそ、自分にとっての「良い箸」だとわたしたちは思うのです。